yukaさんつい

働いていると毎日あっという間に過ぎていくので、いつか勉強したいと思っているあれこれが、このままだといつまでも勉強できない気がして、今週から毎日仏語とハーバードのCS50をちょっとずつやっている。怠け者なのですぐダラダラしちゃう、意識して時間を確保しないとまじでずっとダラダラしている。

ウムさんツイートひっかかること

中東地域に、どれほど日本ファンが多いことか、それも熱狂的な日本大好きファンが多いか... ご存じないのは当の日本の方々ばかりナリ… なんであります。

 

増えると思いますよ。日本ファンはリピーターズになりますし、訪れる度に違う地方都市の探索を試みますから...

 

さっさと次へ行こう。もう日本という物語は終わったのです。

d.

賃金の安い中国人やインド人との競争のせいで、日本人の賃金が下がってるなんて、ウソなんだ。

 

そもそも、国際競争によって賃金が下がるなんて、あり得ないんだ。

どんなに中国人やインド人が安い賃金で激しく働こうが、そんなことには関係なく、日本人の労働の価値自体は、変わらない。

      

サンマを一箱分、築地から目黒まで運ぶ労働の価値は、30年前と今でなんの変わりもない。100年前も変わらないし、100年後にも変わらない。貿易をしても、競争をしても、イノベーションが起きても、変わらない。

イノベーションによって日本人の労働の価値は常に上昇しているし、国際貿易をして、お互いが豊かになることはあっても、競争のせいで生活が貧しくなるなんてことはあり得ないんだ。

 

だから、同じ労働に対して支払われる賃金も変わることはない。

グローバリズムそれ自体のせいで、賃金が下がったり労働条件が悪化していくなんて、あり得ないんだ。

支払われる金額や待遇が変わったとすれば、それは単に、物価の変動に過ぎないんだ。

 

そう、変わったのは、実は、労働者の賃金でも労働条件でもなく、モノの価値の方なんだ。

値札に書かれた数字が変わらないまま、みんなの気がつかないところで、物価だけが凄い速度で上昇していったんだ。

価格は変わらないまま、価値だけが急激に上昇していったんだ。

その結果、見かけ上、労働者の賃金が下がり、サービス残業が増え、労働条件が悪化しているように見えるだけなんだ。

貨幣制度が目くらましになって、それが見えなくなっているだけなんだ。

金額や価格などという、見かけに惑わされちゃいけない。

 

なんで、モノの価値が上昇したかというと、モノの量が減ったからだ。

なんでモノの量が減ったかというと、人間の数が増えたからだ。

もっと正確に言うと、人間らしい暮らしをする人間の数が、爆発的に増えたからだ。

中国や、インドや、ベトナムや、ロシアや、ブラジルで、人間らしい暮らしをする人間の数が、今、この瞬間も、とてつもない勢いで増え続けているからだ。

いままでにない巨大な人口が、ガソリンを消費し、鉄を消費し、魚を食べているからだ。

人間らしい暮らしをするのに必要なモノの供給量はそれほど変わらないのに、人間らしい暮らしをする人間の数だけ爆発的に増えたものだから、人間らしい暮らしをする人間一人あたりに割り当てられるモノの量が劇的に減少したのだ。

 

だから、同じ価値の労働を提供しても、それと交換できるモノの量は、当然減る。

おやつの量は変わらないのに、兄弟の数が二倍に増えれば、一人が食べられるおやつの量は半分になる。

単純な算数だ。

 

そういう状況で、いままでと同じだけのモノを手に入れ続けようとすれば、当然のことながら、今までよりも、多くの価値を生み出す労働をしなければならない。

hatena.ne.jp

 

2006年に日本という物語はすでに終わってたのか・・・

知らなかった。

日本の高度成長期に労働者の待遇が劇的に向上し、多くの日本人の年収が文字通り倍増したのも、新規ビジネスが次々に生まれ会社が成長し、人手不足が起きたからなのです

クソな労働環境文化が、なぜか突然、消え去ったのでしょうか?

もちろん、クソ労働環境の原因の一つはそういう労働文化だったでしょう。

領主も農民も、そういうクソ労働環境を当然のこととする労働文化を内面化しており、領主は農民を奴隷のようにこき使うのが当然と考え、労働者にはそれを受け入れてしまう奴隷根性が染みついていたのでしょう。

まるで、現代日本のクソ経営者と社畜たちのように。

しかし、クソ労働環境文化など、経済的な前提が変われば、吹き飛んでしまうものなのです。

そんなことは、人類史上、何度も何度も起こってきたことです。




実は、ヨーロッパの農民の待遇を劇的に向上させた原因は、

大開墾運動でした。*1

 

領主達は、自分の所領の森を切り開き、畑にし始めました。

森を切り開いて畑にするには、人手、すなわち労働力が必要です。

 

そこで、領主達は入植者を募集しました。

ところが、現在と待遇が同じであれば、

わざわざ新しい開墾地に「転職」する理由がありません。

待遇が変わらないのであれば、わざわざ今までの生活を捨て、苦労して森を切り開いて畑をつくるなんてバカバカしいので、それでは人は集まりません。

 

そこで、領主はいままでよりもずっと有利な条件で入植者を集めることにしました。

具体的には、賦役労働はなく、定率や定量の税だけ納めればいい、というような条件でです。

 

こうして、森が切り開かれ、新しく畑が作られると、領主の収入は増えました。

農民も、いままでよりもずっとよい待遇になったので、幸せになりました。

収入が増え、生産性も上がり、生活は豊かになり、人口も増えていきました。

 

そうしたら、その成功を見た他の領主達が、同じことをやり出したのです。

すなわち、好待遇で入植者を募集し、どんどん森を開墾し始めたのです。

これが、ヨーロッパ大陸全域へ拡大していきました。

 

ここで重要なのは、近隣の古い村落の農民が、その好待遇に釣られて流出し始めたという点です。

これに危機感を感じた領主達は、農民の流出を防ぐため、古い村落の農民にも、同じ待遇を与えなければならなくなりました。

領主と農民の間の権力ゲームにパワーシフトが起きたのです。

 

こうして、開墾地だけでなく、ヨーロッパ大陸全域の農民の待遇が劇的に改善し、

最悪のクソ労働環境がみちがえるように改善し、

ついでに、人類史的な大規模森林破壊が起こり、

ヨーロッパ大陸を覆っていた夜のような森は、ずたずたに破壊されて消えていったのです。

ヘンゼルとグレーテルや眠れる森の美女や森の精霊達の世界も消えていったのです。




結局の所、農民の待遇を革命的に改善した原因は、開墾という新規ビジネスの立ち上げが創出した雇用であり、人手不足であり、労働力の需給バランスの変化でした。

開墾という新規ビジネスの立ち上げを、ヨーロッパ中の領主が一斉に始めたために、ヨーロッパ中が人手不足になったのが原因だったのです。

 

もちろん、これはなにも1000年前に一度起きただけのことではありません。

人類の歴史において、何度も何度も繰り返し起きてきたことです。

新規ビジネスが次々に立ち上がり、人手不足が起きるとき、労働者の待遇が改善するのは、人類の長い歴史において、何度も何度も起きて来たことなのです。

 

日本の高度成長期に労働者の待遇が劇的に向上し、多くの日本人の年収が文字通り倍増したのも、新規ビジネスが次々に生まれ会社が成長し、人手不足が起きたからなのです。

 

もちろん、現代日本において、クソな労働環境を改善するには、労働基準監督署の取り締まりを強化することは必要ですし、労働規制の強化が有効な部分もあるでしょう。

 

しかしながら、労働規制を強化しさえすればクソ労働環境が改善される、という考えはヌルいように思われます。

d.hatena.ne.jp

 

分裂劇場記事4つ読み上げ

d.h

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内向的な人はついつい「スキルアップ」ばっかり

内向的な人はついつい「スキルアップ」ばっかりしちゃうんだけど、「人脈作り」も重要で、スキルアップ時間を削ってでも、こまめに知り合いと連絡取って飯食いに行ったり、飲みに行ったりした方がいいことが多い。スキルよりも、知り合いから降ってくるチャンスで人生変わることの方が多い。

 

「なんでもポジティブに考えれば幸せになれる」っての、まるっきりウソだから。現実のネガティブな側面を直視して受け入れることで、不安がなくなり、的確に現実に対処できるようになり、成功確率がぐっと高まり、はるかに幸せになれることなんて、いくらでもある。

 

「自分が思っているラインよりも下になるんじゃないか」って思うから、不安になる。不安で勉強や仕事に身が入らなくなる。だから、そのラインを、一番下まで下げてやれば、不安は消えて集中できる。その上で、そのラインから可能な限り上に行くための最良の手を打ち続ければ、成功確率は最大になる。

 

もっとも効率の良い勉強法は、その勉強の楽しさを理解することに、全力で集中することだ。どこが、どう面白いのか。自分は、どの部分を面白いと感じるのか。どうやったら面白くなるのか。そこを徹底的に考え抜き、やり抜くことだ。

 

不確実な状況で最大の能力を発揮する方法:最悪の事態をノートに書き出し、それを心底受け入れる。自分自身の最大の味方となってやり、最悪の事態から出来る限り上に行くための最良の手を自分自身のために打ち続ける

 

エンジニアでもないのになぜ「プログラミング学ぶといいですよ」というのかっていうと、問題の解決の多くがソフトウェアによるものになっており、これからほぼすべてがソフトウェアになるので、ソフトウェア的な解決法を知らないと、知っている人との差が絶望的なくらい開いちゃうからなんですよね、、

 

ほとんど全ての社会インフラがプログラムコードの塊になっているので、プログラミングを理解できないと、現代社会自体を理解できなくなっていくと思います。プログラミングを理解できないと、戦争も、農業も、株式相場も、学校も、介護も、婚活も、ちゃんと理解できない時代になっていくのではないかと

 

また、生活と仕事の、ありとあらゆるものが、簡単なプログラムでコントロールできるようになっていくと思います。あらゆる家電・オフィス機器・天気情報・自分やスケジュールとデータをやり取りしながら、いろんなタスクを自動的にこなすプログラムを誰でも書けるようになります。

 

AIはプログラミングの必要性を下げるどころか、むしろ爆発的に増大出せると思います。なぜなら、今まではプログラムでは扱いにくかった、画像・音声・動画・センサーデータなどから、AIが、意味のあるオブジェクトを取り出してくれるので、そのオブジェクトをプログラム処理出来るようになるからです。

 

それによって、何が起きるかというと、プログラムが書ける人と、書けない人の凄まじい格差が生まれると思います。プログラムが書ける人は、式神のようなスクリプト(ミニプログラム)を使いこなして、神通力を手に入れられます。膨大なデータに紛れて見えないものを見る千里眼を持ち、千里を駆けます。